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買い物を続けるBalmain
PIERRE BALMAIN
ピエール・バルマン(Pierre Balmain)は単なるクチュリエではなく、
新たなフランスのエレガンスを築いた存在でした。
ピエール・バルマン(Pierre Balmain)の物語を辿り、クイズに挑戦してみてください。
ピエール・バルマン(Pierre Balmain)の歩みと遺産に触れた後は、特別に用意されたクイズでその知識を試してみてください。いくつかの質問に答えながら、メゾンの物語をより深く紐解いていきましょう。
クイズに参加するプレリュード
「もし自分自身の軌跡を残すことができるならば、デザインを通じてフランス流のセンスやエレガンスの擁護を続けたことになるでしょう。思い返してみれば、一貫してフランス流のエレガンスにこだわり続けてきました。制御された論理的なエレガンスは、うわべだけのものを拒否します。」。Pierre Balmain。 Pierre Balmainは、ファッションと衣服を決してイコールとみなしませんでした。ファッションとは身体の周りで動きを見せるアーキテクチャであり、この世界をまとうためのアプローチでした。時代とパーソナルなビジョンを同時に語ることのできるランゲージでした。1914年、フランスアルプスに位置するサン=ジャン=ド=モーリエンヌに生まれたPierre Balmainは、ゆたかな自然のなかで、文化的空気や国際的なエレガンスを吸収しながら育ちます。幼少期の環境から、生に対する視座や感受性が養われていきました。
クリエイティビティを志向する本能
Pierre Balmainは、早くから観察を重んじ、スケッチに写し取り、創造するという習慣を身につけます。家族の営んでいたブティックや、上質の雰囲気にあふれた温泉保養地のエクス=レ=バンで、シルエットやディテールに対する感覚が磨かれてきます。そして建築を学んでいたパリの地で、Pierre Balmainの天賦の才が見い出されることになります。建築を学ぶことを通じて、ラインやボリューム、バランスをベースとした自身のクリエイティブアプローチが見出され、それ以後の歩みに決定的な影響がもたらされることになります。Pierre Balmainにとって、クチュールとは、建築との間に深いリンクを有した、構造と調和をめぐるアートでした。ゆるぎないスタイルとなった精緻な構造のシルエットに、この独自のビジョンが映し取られています。
メゾンの誕生
1945年、戦後の復興期にあったパリのフランソワ1世通りに、Pierre Balmain初のアトリエが開設されました。賃貸のスペース、限られた資金のもとで、華やかさとはかけ離れたスタートを切ります。自身のビジョンを具現化するにあたって、母親フランソワーズのゆるぎないサポートが拠り所となりました。フランソワーズは、母親としての思いの丈を込め、自身の婚約指輪を売り払います。フランソワ一世通りのスペースは、瞬く間にアトリエから特別なアドレスへと変貌します。「フランソワ1世通り44番地」は、時代を経ながらつねにメゾンのコアを担い続け、バルマンの歴史的なブティックとして君臨しています。Pierre Balmainは、初コレクションから真新しいビジョンを果敢に提示します。構造的なつくりの、芯からフランス的で、光にあふれたクチュールが提示されました。そのクリエイションには、精緻なカッティング、豊かな素材使い、比類のないクラフツマンシップが巧みに融合されていました。
サークル、シルエット
いち早く国際的な客層を獲得し、貴族階級や外交官、アート界の人々を魅了しました。名だたる王女や伯爵夫人といった面々が、Pierre Balmainブランド初のアンバサダーとなり、その姿を介して洗練されたコンフィデントなエレガンスが広くアピールされました。
デザイナーのビジョンは、ガートルード・スタイン、セシル・ビートンといった当時の文化人サークルから貴重なインスピレーションを得てたえず進化していきます。ジョセフィン・ベーカーやソフィア・ローレンといった時代のスターの衣装を手がけ、洗練された自由な女性像を打ち立てます。
Balmainにとって、女性の衣服を手がけることは、一つのアチチュードを表明することにほかなりませんでした。
世界に向けて
倦むことなき旅人であったPierre Balmainは、繰り返し大陸間を横断しながらクリエイティビティを養い、メゾンを拡大していきます。旅の経験を通じて、芯からコスモポリタンなエレガンスが形づくられていきました。
旅先で出会った建築、文化、クラフツマンシップは、いずれも尽きることのないインスピレーション源となりました。旅から発想を得たクリエイションには、世界に向けて開かれたアプローチ、世界との尽きることのない対話が映し取られています。
リビングヘリテージとして
戦後のオートクチュール復興に多大な役割を果たしたPierre Balmainは、パリの街がエレガンスの拠点として再出発するための力添えとなりました。Pierre Balmainの手がけるクリエイションには、「ファッションには、均衡、構造、目的が体現され、たゆまず進化すべきものである」という確固としたビジョンに貫かれています。Pierre Balmainの築いたレガシーは、今日もメゾンのクリエイションのコアであり続けています。一つひとつのアイテムに、精緻なライン、ディテールに対するこだわり、直観と計算を合わせ持ったエレガンスが受け継がれています。ひとつのスタイルを超え、ビジョンとしてのPierre Balmainのクリエイションには、世界に対する開かれたアプローチ、深い教養、芯から現代的なデザインが息づいています。